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DATE: CATEGORY:アニメ・特撮
ネタバレなしの大雑把な感想はこちら

というわけで、ここからはネタばれありの星を追う子ども感想に参りたいと思います。

とはいえ、私一回しか見ておりませぬ故、細かいところは既に忘却の彼方であったりして。
なので、ここは帰りに寄った駅のアニメイトで衝動買ってしまった、「星を追う子どもCOMPLETE」
星を追う子ども コンプリート星を追う子ども コンプリート
(2011/05/20)
不明

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の助けを借りながら、書いて行きたいと思います。
(設定資料とか、用語集とかにも触れながらいきたいな、と)


☆ネタバレ注意☆


☆ネタバレ注意☆


物語の始まりは、山に囲まれた田舎町。
新海監督の作品には定番の電車は2時間に1本しか通らない。電車ってそんなものよね!(長野県の山奥の発想ではそんなもん)
既にこのあたりの景色で、長野県の田舎出身の心ががっちりとつかまれております。
相変わらず、空の描写が綺麗なのよね。雲の重なり具合なんかが。

そして、学校の様子にて、アスナが優等生で、クラスメイトとはなじめていないことが分かる。基本的にアスナが一人であること、わりと何でもこなせること、一人で山で遊んでいることがここまでで分かってくるわけで。

そんでもって、学校のシーンで出てきたクマ出没情報(長野県の山ん中ではわりと良くあるような気がする)がなんと、とんでもない生き物で、そしてアスナとシュンの出会いになる。
ここで、クラヴィスが放った力が謎。後にシンもそうなってほしくないから、と言ってクラヴィスをアスナに預けているが、クラヴィスは心を失った門番を死なせることで、何らかの良い効果をもたらそうとしているのだろうか。
それから、このシーンあたりから思ったのは「血」の描写。今までの新海作品はこういうバッチリとケガをするということが無かったので、新鮮な感じ。

シュンと出会って、アスナは自分の場所をシュンと共有する。
結局たった2回しか会っていないそんな2人だが、シュンがアスナにとって大きな存在になるのは、それまで一人でいたアスナがともに過ごし、分かりあえる、あるいは分かりあいたい存在だと思えたからなのだろうか。
みゆくん好きとしてはたまらないのがシュンくんの演技。
「君に会うために来たのかもしれない」というのは、アスナが唄を聴いていたからだろうか。想いを共有できそうな存在だったからかもしれない。

で、シュンくんはあっけなく死んでしまうのだが。シュンくんとアスナのふれあいってちょびっとなのにもう切ないのは何故ー!

そして、父親が無くなった頃の様子を思い出すアスナ。
この時の雪景色の、山の向こうの方の霞み具合がたまらない!

そんでもってモリサキ登場。新海監督が一番書きやすかったというだけあって、動機とか感情とかが一番分かりやすくなっているというか説明してくれてるのがモリサキ。これはアスナの物語であってモリサキの物語でもあった。

そして、いよいよ物語がファンタジーめいてくる。死者をよみがえらせようとする神話の話からアガルタの話まで。
「ケツァルトル」ってケツァルコアトルだよなあ、とおもったら設定資料のところにQuetzal Coatlって書いてあったーっ。

さて、そうしたら今度はシンとの出会いである。
アスナはシンの事をシュンだと思うのだけれども、シンのほうが子供っぽい。というかシュンがなんか達観しちゃってた。
出会ったと思ったら、迫りくるアルカンジェリなる組織。設定資料を見るとArchangelとあり、ググってみるとアークエンジェルの別名がアルカンジェリであるとな。大天使だったとは……。

さて、アルカンジェリの一員であるモリサキによって、アスナはアガルタへ。
モリサキはもちろん奥さんを生き返らせるために。
アスナはシュンに会いたいから、って言うのもあるのだろうけれど異界に惹かれていたのだろうなあ(確か後にここではないどこかを見ていたとか何とかいう話があったような)

ここで出てくるヴィータクアはVita aquaだろうな、と聞いた瞬間にビビっと来た。つまり、命の水。用語集を見るとケツァルトルの死後身体から流れ出すものでもある、とか。

でもって、落ちて落ちて落ちていくのは確かここなのだけれども、ラピュタやーっ! と思いつつも。浮きあがったりしませんから。

ケツァルトルとミミに何かしら関係性がありそうなことがここで示され、アガルタ内のケツァルトルには心がまだありそうと分かる。
ケツァルトルはアスナに何を伝えたかったのだろう……。

神の舟シャクナ・ヴィマーナ登場。これっすな。
アスナの鉱石ラジオの鉱石が、父の形見でありクラヴィスのかけらであることが分かる。このことから、アスナの父親がアガルタの人間であったことが推測できる。

さてさて、シンは戻ってきたばっかりの村から、ふたたびクラヴィスの欠片回収に旅立つ。
アガルタの過去が垣間見え、またアガルタの人間は地上では長く生きられないのだ、ということ、そして病を抱えていたシュンは地上に出たことによっておそらくより早く死んだことなどが分かります。
……たぶんアガルタ人のアスナのお父さんが死んじゃったのも、地上に出てしまったための早死にかしらとかおもったり。
そして、髪を短く切り、旅立つシン。このあたり、もののけ姫のアシタカを想わせますな。

アスナとモリサキの旅が続くなか、モリサキのこの旅の動機がはっきりとしてきます。
「人は誰でもいつか必ずいなくなる」って言うのがなかなかグッときますな。

で、「行こう、アスナ。さよならを知るための旅だ」という予告編で流れたセリフが、何と超悪夢!
と思ったら謎の生き物「夷属」に連れ去られてしまうアスナ。
……この後はずっと食べられそうになり続けるアスナなわけだけれども、このタイミングでは食われないのは彼らの習性かなんかなのか?

ここでマナとの出会い、シンとの再会を果たし、シンなんだかかわいい&かっこいい。

マナの故郷にて、地上人が歓迎されていない状況と、アガルタの歴史が分かってきたり。
ミミとケツァルトルとの関係性がここでぐっと分かったり。
ミミが無表情なのがたまらないのよね。

人の形をした古いケツァルトルがグァバッと飲み込むところがなんか、かわいい(?)

さて、死者をよみがえらせるためにモリサキ&アスナはフィ二ス・テラ(地の果て)に向かうけれども、地上人は災いの種であるというアガルタの兵士に襲われてしまいます。
そこに登場するシンのカッコよさといったら! ナイフが飛んでくるところから、「誰も殺すな!」も最高。そっからの「居場所など、もとより無いっ!」がまた良いのよね……。
みゆくんの叫びの演技が好き、というのもあるのだろうけれど^^;

シンのおかげで、モリサキ&アスナはフィ二ス・テラへたどりつくのだけれども、アスナは崖を下れず、結局モリサキは自分の銃とアスナのクラヴィスを交換して、モリサキだけがフィニス・テラを降りていくことに。

ここでの「私は君に生きてほしいと思っている」というセリフが、かなり好き。
私小学生高学年くらいの時に、「生きていてほしい」という趣旨のことを言われたことがありまして、余計にこのフレーズが心に来るのです……。

そして、一人残されたアスナは、夷族から逃げながら、自分がアガルタにどうして来たのかを思う。
「寂しかったんだ」というアスナ。
誰かと一緒に何かをしたかった、というのもあるのかなと。
だからこそ、モリサキとの旅もあれだけ楽しそうだったのかな、と。

そんでもって、アスナはシンと再会するのだが、このあたりの草原に二人が座っているシーンの絵が素敵。これぞっ!て感じ。

さて、映画を見ている間は確信が持てなかったのですが、フィ二ス・テラの底を満たしている水もまたヴィータクア。ケツァルトルの死体がたくさんあったけれども、ヴィータクアは用語集によればケツァルトルの構成するもので、死後流れ出すらしいので、フィニス・テラのヴィータクアはケツァルトル由来かも。

フィニス・テラの底に着いたモリサキは、生死の門(エレメント・ハンターのポータルみたいなの)を抜けアストラムに。
アストラムというのは、シャクナ・ヴィマーナが死者の魂を運ぶ先で、またアガルタの中で唯一星のある場所。
そこで、モリサキはシャクナ・ヴィマーナに妻の復活を願い、クラヴィスのパワーで(?)妻の魂が現れる。
シャクナ・ヴィマーナが魂を入れる器を差し出せと求めると、そこにアスナが現れる。
「君にこの場に現れてほしくなかった」というモリサキだが、アスナの体を器として、妻が復活。同時に、モリサキは目までも代償に取られてしまう。

シンはクラヴィスを破壊し、アスナを取り戻そうとする。
妻に罪は無いというモリサキに、シンはいう。
「生きているものが大事だ!」
これはっ! 舞台あいさつレポで印象に残ったセリフと言われていたものだ! と思う私。
みゆくんの声がガツンっと入ってきます。

そんでもって、身体を器にされてしまっている間、アスナはシュン&ミミと束の間の再会を果たしていたらしく(シャクナ・ヴィマーナに魂を連れていかれたからかしら)、アスナはさよならを告げるのです。

クラヴィスが壊れ、モリサキは妻と再び別れ(でもとられた目の代償は払いっぱなし)、アスナが戻ってくる。

喪失を抱えて生きる、それが呪いであり祝福だという言葉とともに、物語はエンディングへ。
3人の旅路、そしてアスナは再び地上へ帰り、モリサキはシンとともにアガルタに残ります。
えーっ、何で残っちゃうの。と思いつつも、モリサキ&シン、共に帰る場所の無い者同士ということか、と。シンはアガルタ人を裏切っているし、モリサキはアルカンジェリを裏切ってますからね。

そしてアスナは日常へ。
たぶん、きっと今までより少し、クラスメイトとうまくやれたりしてるんだろうなってそういう希望のあるエンディング。


さて、タイトルにある星とは何だったのか。
生死の門の先の世界アストラムの星空がそれであったわけではなくて、希望とか大切な人とか、そういう輝いてみえるでも手の届かなそうな、そういうものなのではないかなあと。
アスナにとってのシュンとシン。シンにとってのアスナとシュン……なのかなあ。
シュンが星に手が届きそうだ、と言っていたことから、シュンは地上世界こそが星だったのかな……。


この映画、感想を読むとジブリすぎるとか、新海さんの映画を期待していた人が肩透かし食らってたりとかするのですが、私はむしろクリーンヒット。
オマージュに気がつかないタイプの私が感じるだけにジブリ過ぎるところもあるのでしょうが、私ゲド戦記は見てないし(原作は読んだけど)、その辺は予告編で重々承知していたので特に問題は無く。
子どもの頃にファンタジーを読んで育った人間には合うのかなあ、なんて思いつつ。
秒速を望んでいくと、合わないのかなー。私は秒速より雲の向こうのほうが好きなので、合うのかなーなどと思ってみたり。


感想を書くにあたって、いろいろ考えて見たけれど、また見ると発見あるのだろうなあ。
それから、ちゃんと「星を追う子どもCOMPLETE」
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(2011/05/20)
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を読むと、さらにいっそう分かることもあるのだろうなあ、と思いながら感想を終わらせていただきます。


なんにせよ、私はこの映画を観終わってニッコニコになりましたし、この映画の事を思い出すとニッコニコになるので、私はこの映画が好きです。
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コメント

今更この映画を見ました。
絵柄世界観共にジブリに近いと感じていましたが、見終わった後はそんなの関係ないくらい自分もニッコニコになりました。
ちょっとかっこつけて言うと、忙しい毎日で忘れてた物をもう一度頭に置こうと思わせてくれる映画だったと思います。

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